MAX★髑髏馬
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祖父が他界しました。
月曜日、祖父が他界しました。

朝、身体の左半身がどうしても痛くて、動けないほど痛くて、
(疲れがたまるとなぜかそういう症状が出る)出勤できなかった私に
パートに出かける直前の母親が

「おじいちゃんの容態が悪化したからまた帰るかも」
(その前の週、緊急で田舎に帰っていた)

といったその日の午後のできごとでした。


前日、友人の結婚式のためのドレスを買い行ったとき
うっかり母親が不祝儀の小物セットを見ていたので
「絶対治るんだからそんなもの見ないの!」と
一喝したばかりだったのに。

「あんなにETみたいになっていたおばあさんが
(私から見れば父方の曾祖母)
3度も死にかけても今はピンピンしてるんだから」
と父親が励ましたばかりだったのに。


午後4時過ぎ、依然としてどんな手を尽くしても身体がだるかったのですが、
なんとか病院だけは行った帰り、その知らせは来ました。

「あのね、落ち着いて聞いて。おじいちゃん、だめだったから。。。」

「おじいちゃん、旅立っちゃったの??」

と聞くと、「うん」と。。。


公道だったにもかかわらずその場でボロボロ泣いてしまいました。
人通りのない裏道からいつも病院へいっていたので、
そこだけは助かった。。。


最期は祖母・叔母2人が見取ったそうです。
特に末の叔母はアメリカに嫁いでいたので、母親だけはタイミング悪く
見取ることはできませんでしたが
(なんとか峠を越したので横浜に戻ってきた矢先のできごとだったので)
母親曰く、
「アメリカに行った一番遠い場所にいるはずの子(叔母)、しかも歳がいってからの子が居てくれたんだから幸せだよ」
「一番血縁が近い人たちがそばに居たから良かったよ」
と。


悔しくて、悔しくてしょうがありません。


祖父は1年ちょっと、病気と闘いました。
最期はの原因おそらく脳溢血だか脳梗塞だかからの併発したウイルスに
よるものだったと思います。

人間、いつかは誰しも死ぬものだから、
いつかこんな日が来ることは分かっていました。

でも、幸いにも健在な4人の祖父母の中で一番元気で活力があった祖父だったのに!
15年ほど前に「あと10年持たないかもしれません」といわれた父方の祖母ですら、
入退院を繰り返しつつもなんとかやっていけてるのに!!

不謹慎な言い方ですが、
なんで一番最初に母方の祖父が・・・という思いでいっぱいです。

あと祖父が倒れる原因となったのが簡単に言えば
「他人にだまされた、貶められた」というところが悔しくてなりません。
祖父は退職後、それまでとは畑違いの不動産屋を営んでいたのですが、
地上げ屋だか地元の中小企業だかなんだか知らないけど、
そいつらに土地のことではめられて、過剰なストレスがあったんでしょうね。
それが元で闘病生活が始まりました。

私は、きっとそいつらを一生許さないと思うし、できれば呪ってやりたい。
あれがなければ祖父はもう少し旅立つの先だったし、もっと違う形だっただろうに。。。
悔しい、悔しいです。

今日、母の実家へ帰省します。
正直、今のこの体調でいろいろなことを受け止められるか、乗り越えられるか、
不安がいっぱいです。
でも一番つらいのは祖母、母、叔母2人だし、
後ろを向いてばかりじゃ生前ほんとうに
「24時間じゃ足りない!」ってくらいアクティブで好奇心旺盛だった
祖父に申し訳ないのでなんとか週明けには復帰できるようにしていきたいな、と思います。

旅の中でもこういう類の旅は、ほんとうにつらいですね。
物心ついてからはじめてのこういう出来事なので余計にそうなのかもしれません。。。


祖父は出征こそギリギリしなかったものの戦争を体験しました。
会社員時代にも貶められて本当にひどい目にあったこともあったそうです。

でも
半世紀以上、祖母と連れ添って、金婚式のお祝いもできて、
(よく軽い言い争いしていましたが、仲いいなぁとからかったものです)、
3人も娘をもうけて、
その3人がそれぞれ良い相手を見つけて家庭を築いて、
孫たち4人も無事に成人して、それぞれ社会人や大学生になって、
倒れる直前までバリバリ働いて、庭いじりがすごく好きで・・・・。

闘病生活は本当につらかったと思います。
でも良くがんばったね、お疲れ様といってあげたいです。
それから、私たちが悪いことをしても怒らずに笑って「いいよいいよ」
といってくれたので謝りそびれたことを、ごめんね、と。
あとほんとうに可愛がってくれて(母親たちには厳格な日本の親父だったそうですが・・・)
ありがとうと。
大好きだよ、と。。。


月曜日からずっと泣きっぱなしで、今も半分泣いていて、あぁ、向こうに行っても
孫の中で私が一番年長者なのに一番泣きそうです。。。

「お酒を少し健康のためにも節約のためにも控えるよ」といっていた
父親が酒びたり気味です。
もともと饒舌ではない父親が、さらに寡黙になっています

舅とはいえ、すごく仲がよく見えて、半分親子であり、半分同志であり
(よく仕事の話をお互いにしていた。ある意味実の父親よりもしていたかもしれない)
父親もよき理解者を一人失ってしまって、やりきれないんだろうなぁ。。。と勝手に思いました。


「たら」、「れば」、の話なぞしても仕方のないことだけど、
次のお正月には少し良くなって、退院して、家でお祝いさせてあげたかったなぁ。。。
いつかサヨナラすることになっても、病気が治って2,3年くらいは
余生を楽しませてあげたかったなぁ。。。
なにより、私たちが結婚するくらいまでは健在で居てほしかったなぁ。。。

今年の盆に、帰省(とは言わないか・・・)しようとも考えたのですが
私の体調を心配した母親が「無理はするな」といった言葉に甘えたのですが(正直、やせ細った祖父をみたくない、とも思ったけど。。。)
行けば後悔はすこしなかったのだろうか。。。

いろいろと、本当に悔しい、悔しいでいっぱいです。。。

精一杯、お見送りしてあげようと思います。

おじいちゃん、天国に行ったらひいじいちゃん、ひいばあちゃんが
きっと待っているからね。もしかしたら仲の良かった友達も居るかもしれないね。
天国から大切なおばあちゃんのこと、見守っていてね。
あと、毎年お盆には帰ってきてね。
いつか私が結婚するとき、おばあちゃんだけでなくおじいちゃんも呼ぶから、絶対来てね。


ところで、知らせを聞いた日から、何故か目覚めるのが早くなっています。
昨日は6時、今日は5時半・・・。
なんなんでしょうね。。。
また、睡眠がうまく取れなくなっている気がします。。。

あと、10分くらい前から、すごい土砂降りが始まっています。。。
こういうの、「涙雨」っていうんでしょうか。。。
(故人をしのんでの涙が雨になるっていう)
涙雨にしては強すぎるでしょうか。。。



なんにせよ、
おじいちゃん、本当にお疲れ様。ありがとう。大好き。

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コメント
この記事へのコメント
生きていると、「いつでも会える」という安心感が大きくて、失ってから後悔することって多い。
その後悔を持って、二度とこんな後悔はしないように生活していこうと思う。

いいおじいちゃんだったんだね。
とってもとってもつらいと思うけど、精一杯お見送り頑張ってください。
ご冥福をお祈りします。
2006/09/06(水) 20:25:45 | URL | 本町 #-[ 編集]
>おじいちゃん、本当にお疲れ様。ありがとう。大好き。
これめちゃくちゃもらい泣きしちゃいました(涙)

いつも動いているエレベーターが止まっていて
それを歩いて上るような
妙な違和感と体にかかる妙な重み
いるはずのものがいない辛さ
当たり前に動いてたそれがない
生活や気持ちに近いところにあればあるほど
これ長く続きますよね・・・
お父さんも早く立ち直れるといいですね・・・
お誘い出来るのなら飲みにお誘いしたいです。。。

でもこれ読んでて僕的には好意的に感じます。
家族をすごく大事にしてたり、甘えてたり
いいなぁーって思いました。
かわいいし嬢さん★

とっとと結婚しておじいちゃん安心させてあげましょ♪

>「24時間じゃ足りない!」ってくらいアクティブで好奇心旺盛だった
おじいちゃんに負けないようにアクティブで好奇心旺盛なかっこいいおばあちゃんになってください(早)
2006/09/07(木) 02:06:52 | URL | dice #SFo5/nok[ 編集]
おつかれ。
色々思い出して凹んじまった!!
俺も後悔あるぜ…。
2006/09/09(土) 11:39:56 | URL | 常務 #SFo5/nok[ 編集]
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